東京藝術大学入試情報サイト > 北上 貴和子
始めに、あくまで1つのケースとして私のことを正直にお話するので、藝大油画科生がみなこうという訳ではないとお断りしておきます。
10代の頃、私は信仰者として成すべき事について深く悩んでいました。自らをここまで育ててくれた仏法の哲理を、広く伝えて行きたいと思う反面、難解な仏法の一端も未だ理解できていない私に、その資格があるのかという疑いがあったからです。「一丈(じょう)の堀を越えぬ者、十丈(じょう)・二十丈(じょう)の堀を越ふべきか(大きな目標を達成するためには、まず目の前の目標を達成しなければならない)」という言葉があるのですが、仏の智慧をわかりやすく伝えるという最難関に挑むため、まずは藝大油画という難関を越えてみようと思いました。なぜなら芸術には複雑な概念を、言語を介することなく、人の心の深いところまで届け理解させる力があり、そこでなら自分を試せると思ったからです。
私は牛の歩みで一丈(約3m)の堀を6年かけて渡り、入学後は卵を100個描いたり、飲み屋の看板を撮りためてドイツ語訳したり、氷の駒で将棋を指したり、冷蔵庫に入って冷えてみたりと禅問答のような試みを重ねています。最も思い出深いのは、学年全員の新作を披露する場としてテーマ展を2ヶ月で作ったことです。超短期での企画・展示・広報・運営となり、その実行チームのまとめ役を担った時は、心労から過呼吸を発症し、電車でへたり込んでしまうような日もありました。ふり返っても冷や汗の出る2ヶ月でしたが、結果として出来上がったものを見てもらい、多くの方から好評を頂いた時、私のような人間でも芸術の道で何かが出来るのかもしれないと、初めて思えました。
卒業後の、表現者としての自らの浮沈にこだわりはありませんが、その代わりに私の作ったものが仏の智慧を乗せる舟となり、誰かのもとへ届けられるなら、どんなことでもしたいと思ってます。
▲『無題(卵)』2017年
▲冷蔵庫に入る筆者