東京藝術大学入試情報サイト > 日根 知大
当初、「大学選択」を「将来自分は何になりたいかを、興味や得意なことを参考に選択すること」と考えていたが、大学は決して将来の自分の存在規定をする場所ではないし、興味や得意なことは入学の一つのきっかけに過ぎない。私は、大学とはある種の「実験」が容易にできる場所であると考えている。
実験とは、具体的な現象、事実から疑問を立てて仮説を導き検証を行うことで遍く通用する新しい理論、見解を獲得することである。このような、ただ特殊な事例が与えられていてそこから普遍的なものを導き出す能力をカントの言葉では「反省的判断力」という。まさに様々な経験を通して、反省的判断力を身につける場が私の所属する楽理科である。楽理科では興味にかかわらず西洋、日本、中国等の様々な音楽を視聴、演奏したり、またそれに関する文献を読んだりする。多様な具体例を通して自由に考えることができる。そして、それを共有して考えることのできる他者がすぐそばにいる。すると、自分が見出した考えは一体他者にとっても新しいことなのか、また価値のあることなのかどうかすぐに別の意見を得ることができる。他者の存在は「実験」における普遍化のプロセスに不可欠である。
このように、楽理科は、自分が考えたことを容易に他者の視点に当てることで特殊を普遍化する実験を行うことが可能な場である。そして、このような実験を何回も繰り返すと、まだ把握されていない未知の「普遍」を、具体的な事例を見ただけで直感できる力が身につくだろう。この能力のことをカントは「美的判断力」と述べている。つまり、私が大学で行う「実験」とは、美意識を養う、ある種の芸術実践である。この学科も芸術行為の一部に含まれるのである。
将来の自分など、現在の自分が規定できるはずがない。ただ、多様な具体例をその時々の興味に合わせて考え、他者と議論する「実験」を積み重ねること、それのみを考え日々勉強している。自分を固定するような存在論的視点を脱却し、時間に抗わず常に「現在の感覚」に敏感になること、つまり自らを「音楽的視点」で見ることを心掛けたい。